父と子

ボケの爆発力を強めるには設定や演技を徹底的に深刻にカフカ発想、さらに逆襲あり、さらに全方位崩れゆくID。92.4初出

『父と子』

テーブルを挟んで夕食を取っている父と子。
テレビの音声が小さく聞こえている。

父:お向かいの藤井くん、大学が決まったらしいな。
子:うん。
父:最近ストレートで合格するのは珍しいよな。
子:うん。
父:祝杯でもあげてるんじゃないか?賑やかだなお向かい・
子:そうだね。
父:ま、勇介も来年は受験だな。しょうがないなこれは。
一生のうちにはそういう試練の時期ってものがあるんだ。
遊ぶときに遊んで、勉強するときには・・な。
子:・・・
父:母さん遅いな。
子:僕、大学には行かない(と箸を置く)。
父:・・どうした。
子:大学には行かない。
父:大学には行かないって、何を言い出すんだ?
大学に行かずに一体何をするつもりなんだ?
子:僕には前からなりたいものがあったんだ。
父:何だ?
子:僕は(緊迫の間)くのいちになりたいんだ。
父:えー・・くのいち。

父、リモコンでテレビの音声を絞る。

父:お前、どういうものか知ってるのか?
子:・・・
父:くのいちがどういうものか
子:女の忍者。・・だってそうだろ
父:勇介
子:会社勤めなんて。。毎日毎日同じ時間に起きて出社して
タイムカード押して上司にへつらって仕事をしていくなんて
父:それで勇介。
子:何だよ。
父:何をするんだ、くのいちになって。
(自分の湯飲みにお茶を注ぎ飲もうと)
子:敵の謀りごとを突き止めたり
父:うむ・・(お茶は飲めない)
子:諸国の本当の動きを掴んだりするんだ。
父:諸国
子:それに僕、くのいちに向いてると思うんだ。
(よくわからない動き)テイヤッ!
父:・・・
子:ね?
父:何をしたんだ今
子:僕の決心の理由だけど
父:質問に答えなさい
子:くのいちになろうと思った理由は3つ。
1つ目がそれぞれの人間の個性が活かせるから。
父:ほう。
子:2つ目の理由が集団行動でありながら個人の自由がある程度許されるから。
父:・・ほう。
子:3つ目の理由が・・思い切って。
父:じゃあ2つでいいんだ理由は
子:最終的にくのいちになることを決めたのはこの間の担任の先生との面談なんだ。
父:先生も何を言ったんだ・・
子:先生は言ったんだ。
「お前の成績では国立の大学は難しい。理数系が極端に弱いからな。
センター試験を受けるより私立の文系に絞って勉強したほうがいいだろう」って。
でもその目は「くのいちになれ」と言っていた
父:騙すな!父を!
子:その上僕が先生に「ナイチンゲール知ってる?」って訊くと知ってるって
父:関係無い
子:お父さんのそういう考えはもう古いんだよ。
父:そういうことじゃないだろ。
子:最後には遂に先生はっきり言ったんだ。
僕がくのいちになりたいんですって言うと「やめとけ」
父:止めてるじゃないか!
子:くのいちは金融業界の花形なんだよ。
父:わけのわかんないことばかり
子:わけとかお父さんのそう言う考えは古いんだよ。
父:古いんじゃない!
子:僕は決めたんだ、立派なくのいちになって色んな術を身につけて、天下人となる人の手助けをするんだ。
いいだろ、お父さん?
父:(一層深刻、立ち上がる)勇介。
子:何だよ。(箸を持ち食べようと)
父:(勇介の背後に回りながら)今まで黙ってたけどお父さん、
子:(動きが止まる)
父:お父さんは飛脚なんだ。
子:(静かに箸を置く)
父:お父さんは飛脚。
子:(父を振り返る)
父:(理解者の笑み)
子:お父さんは明治乳業の社員じゃないか。
父:二足のわらじを履いていた。
子:両立できるわけないだろ。
父:できるさ。
子:どうして?
父:(離れ)お父さんは器用なんだ。
子:・・・
父:お父さんは飛脚として東海道から中山道へとビュンビュン走ってる。
江戸〜京都間を4、5日で駆け抜け
子:そんなことできるわけないだろ!
父:お父さんをバカにするなよ。ロックの良さだってわかるんだ。
子:今の郵便制度に飛脚なんかないだろ?
父:生意気言うんじゃない!
子:生意気とかそういうことじゃないだろ!
父:勇介。
子:何だよ。
父:跡を継いでくれないか。くのいちになんかならないで飛脚の跡を。
(近づき)お願いだ、飛脚の歌だってあるんだ。ロックに近い。
子:でも、か、母さんに
父:ん?
子:母さんに相談してみないと
父:・・実は母さんは
子:えー
父:今まで黙ってたけど(と座る)
子:胸がものすごくドキドキしてきたよ・・
父:お母さんの幸子は実は隣のおじさんなんだ。
子:隣の・・里田さんがですか?
父:隣の里田さんは町内会長の森下さんと同一人物でお前のお祖母さんに当たる私のお母さんはお前のお祖父さんも兼ねてる。
子:(混乱)じゃ、僕は・・ハ、ハ、ハーフ?
というかその・・あの、僕はどういう血筋で、隣の町内会長森下里田お祖母
父:(ヤカンを持ち)一息入れましょう。
子:う・・
父:姉さん。

暗転。