「薄着知らずシリーズ」は特に役者さんに書かせてもらいました。持ち場を全うしようとするばかりに悪化する関係の蟻地獄。00.6初出
『いいんだよ佐伯さん』
明るく。ヒーロー番組の収録スタジオ。悪役ミスタードリルが座っている。
ディレクター入ってくる。二人とも手に台本。
ディレクター:あ、どうもお待たせしました。
ドリル:あ、ええ。
ディレクター:すいません、佐伯さんの取材が急に入っちゃって。
ドリル:あの、宇宙警察ミゼットに毎回救出される
ディレクター:そうです、佐伯さん、こっちこっち。
佐伯さん登場、衣装は派手だがやたら謙虚。
佐伯:お待たせして申し訳ございませんでしたー。
(ドリルに)あ、わたくし「佐伯涼子」をやらせて頂きます、ミリオン芸能の佐伯朝子と申します。
宜しくお願い致しますー。
ドリル:宜しくお願いします。
ディレクター:今回の敵役の牧原さん。
ドリル:(佐伯に)かねがねお噂は・・凄いですね人気が。
佐伯:(恐縮)いえーそんなー
ディレクター:えー『宇宙警察ミゼット』第十二回の撮影ですが、
今日と明日は佐伯さんが誘拐され、ピンチに陥るシーンを撮影します。
佐伯:(いちいち健気に頷く)
ディレクター:三日目にはピンチに陥る前の佐伯さんの日常のシーンと、『涼子のジョイフル自転車』のCM撮りも同じ場所でやっちゃいます。
その後ミゼットが戦うシーンをササッと済ませて、エンディングの、佐伯さんが助け出され無事佐伯涼子リサイタルを成功させるシーンの撮影、とこんな順番になってます。
ではこの後、佐伯さんの取材も立て込んでますんで、カメラ入れてリハーサルの方行きますね。(周囲に居る想定のクルーに)よろしくお願いしまーす!
(台本を見ながら考える)まずですね・・
ドリル:(佐伯に小声)あの
佐伯:はい?
ドリル:台本を読んでて気になったことがあるんですけど・・
この番組の主人公って、ミゼットですよね。
佐伯:ええ。
ドリル:でもそのわりにあなたが
ディレクター:(クルーに)では皆さん、シーン18からー。
ドリル、佐伯、荷物や台本を片付けるなど細かく動く。
その中、地味な格好のミゼットが段ボールを抱え登場。
ミゼット:これ、ここでいいですか?
ディレクター:(見ずに)何が
ミゼット:この段ボールです(細々動く)
ディレクター:大道具さんに聞いて(と椅子に座る)。
ミゼット:はい(去ろうと)
ディレクター:ああミゼットさん?
ミゼット:はいっ?(と機敏に振り返る)
ディレクター:吸入器持ってきておいて。
ミゼット:はいっ。
ミゼット退場。
ディレクター:それと楽屋のカステラの箱捨てておいて。
ミゼット:(袖中から)はーい。
ディレクター:では行きます、シーン18。
佐伯:(何度もペコペコ)お願いします、お願いします、
佐伯、ドリル、所定位置に。
ディレクター:(スタートの合図)
ドリル:逃げようとしても無駄だ。
佐伯:何を企んでるの!?
ドリル:(ピストルを出す)教えてやろうか。
お前を誘拐することで世間の注目を集め、私たち組織の力を強烈にアピールするってわけだ。ふふふ
佐伯:あなたたちの思うようには行かないわ。確かに私は人気歌手、ああ人気歌手よ。一晩で何万という観客を呼び、酔わせる!
ディレクター:ドリルさん。
ドリル:(一瞬気づかないが)私ですか?
ディレクター:ドリルさんと言えばあなたしか居ないでしょう。あの、もっと憎々しげにお願いします。
ドリル:わかりました。
ディレクター:では続けます。
ドリル・佐伯:お願いします!(所定位置に)
ディレクター:(スタートの合図)
ドリル:(憎々しげ)つまりお前の人気を利用するのだあ。
佐伯:(大げさなリアクション芝居をしつつ前へ)
ドリル:お前のリサイタルを占拠することで
佐伯:(主役芝居)そううまくは行かないわ!
あなたたち悪党の野望は全て無敵のヒーロー、ミゼットが打ち砕いてくれるのよ!
ドリル:ミゼットだと?
佐伯:そうよ、ミゼットよ!
ミゼット、奥にそうっと現れ、地味に構える。
佐伯:ミゼットは私たちはピンチに陥ると必ずやってきてくれる!
ミゼット:(何か言いかけるが)
佐伯:(遮り)みんなで呼ぼう!
ミゼット:・・・
佐伯:ミゼット〜!
ミゼット:(応えかけるが)
佐伯:すぐそばまで来てくれてるはず!(とミゼットにかぶる)
ディレクター:(カットの合図、頷く)
ドリル:ミゼット来てますよね(ディレクターを伺う)。
佐伯:(ディレクターに)視界に入ってるんですけど。
ミゼット:ごめん、気が散る?
佐伯:そうじゃなくて・・
ディレクター:何?
佐伯:番組開始時から気になって・・今もそうなんですが私だけ目立ってません?
ミゼット:いいんだよ、佐伯さん。
ディレクター:この後ミゼットが前に前に出てくるから。
佐伯:そうなんですか。
ディレクター:(スタートの合図)
佐伯:すぐそばまで来てくれてるはず!だって、私はピンチだから!
ミゼット:今、助けてあ
佐伯:(遮り)さーえーきー、ピーンチ!(ポーズ)
ドリル:(素で)なんだこれ。
佐伯:私がピンチに陥る時、風が吹き、大地がうねる!それは
ミゼット:今、僕が
佐伯:(遮り)さーえーきーピーンチ!!
ミゼット:・・・
佐伯:さあ来るわ!勇者ミゼットがあ!
ミゼット:(歩み出る、会釈)こんにちは。
ディレクター:(カットの合図)よし!
ドリル:いや、ちょっと地味過ぎませんか。
佐伯:ええ・・
ドリル:ピンチの方がこんな(まねる)なのに「こんにちは」って・・しかもちょっと人見知りしてるし
ミゼット:(内向笑顔)いいんですよ。
ディレクター:ピンチが派手なら助ける方も目立つから。変身シーン、行きまーす。(スタートの合図)
ミゼット:変身!(黙って上着を脱ぐ、構えて会釈)
ドリル:(ディレクターに)動きやすくなっただけです。
ミゼット:宇宙警察、ミゼット!
ドリル:(ミゼットを上回る演技)そうミゼット!宇宙の彼方からやってきた私を救うため、九州からやってきたミゼット!
ドリル:(ディレクターに)上京してるだけです。
ミゼット:いいんだよ牧原さん。
ドリル:いいえ、言うべきことは言わないと。これじゃ本来ヒーローであるべきミゼットが
ディレクター:一役者が何を
佐伯:二人ともやめて下さい!私の・・私の華やかさのために!
ドリル:あなたね
ディレクター:次次!ミゼットがミスタードリルを倒すシーン!
ドリル:そういうシーンもあるんですか。
ディレクター:戦いのシーンです、ミゼットさん。
ミゼット:(ドリルに)ここは頑張りますから。
ドリル:・・・(渋々納得)
ディレクター:佐伯さんがミスタードリルに捉えられ、いたぶられ ているところに、ミゼットが割って入ります。
ドリル・佐伯・ミゼット:(所定位置に)
ディレクター:(スタートの合図)
ドリル:現れたなミゼット!
ミゼット:覚悟しろミスタードリル!
ドリル:こいつがどうなっても知らんぞ。
ミゼット:人質か!
佐伯:放して!
ドリル:うるさい(と佐伯を平手打ち)
佐伯:(平手打ちの衝撃で派手に回転しながら移動、「頬が痛い!」「殴られた!」「ほら目が回る!」「ミリオン芸能!」などと叫びながら)
ミゼット:(ドリルに突進しようとするが回転してきた佐伯にはね飛ばされる)
ディレクター:(カットの合図)・・少し佐伯さんが派手かなあ。
ドリル:派手ですよ。
佐伯:私も平手打ちされたぐらいでこんな所狭しと
ディレクター:(演出変更)じゃミゼットさん、ドリルに飛びかかっちゃって下さい。
ミゼット:はい・・(と動線確認、シミュレーション)
ディレクター:で、ドリルの後ろに回って
ドリル・ミゼット:(動きシミュレーション)
ディレクター:で、ミゼットさん、ドリルの・・指の関節を攻める
ドリル:(指を攻められ)わあ、地味。
ディレクター:その時佐伯さん、「頑張ってミゼット!」と跳び上がってターン。
佐伯:(「頑張ってミゼット」と言って動き確認)
ディレクター:で、ミゼットさん、耳元で説教。
ミゼット:(ドリルの耳元で)悪いことをしちゃダメだよ・・
ディレクター:その時佐伯さん、ちょっと脱いで「ああん」
ドリル:(ボソボソ説教を続けているミゼットを押しのけ)やっぱりおかしいです!
(佐伯を指差し)このタイミングで脱ぐ意味がわからない!
佐伯:ミゼットさん・・(決意)本当の気持ちを抑えてるんだと思います(と着衣を直す)。
ディレクター:どういうこと?
佐伯:この前・・控室で
ミゼット:言わなくていい。
佐伯:いいえ言います。控室で一人、自作自演の
ミゼット:佐伯さん!
佐伯:自作自演のアクション台本を書いていらっしゃったんです。
ディレクター:え?
ドリル:ミゼットさん
佐伯:御自分が派手に立ち回る大型アクションです。
ドリル:本当に?
佐伯:裏表紙には御自分が着るつもりの豪華絢爛な衣装まで!
ドリル:(ディレクターに)お願いします。今からでもミゼットさんが派手に活躍する演出を。
佐伯:出過ぎたことを言ってしまいましたけど、私からも、いえミリオン芸能からもお願いします!
ディレクター:(やや感動)ミゼットさん・・
ミゼット:はい・・
ディレクター:あなたは素晴らしい共演者に恵まれて幸せだ。
ミゼット:はい・・
ディレクター:わかりました!
ミゼット:え?
ディレクター:ミゼットさん、次のミスタードリルにとどめを刺すシーン、アドリブで演じて下さい。
ドリル・佐伯:(どよめく)
ミゼット:いいんですか?
ディレクター:控室で台本を書くまでの主人公魂に全てをゆだねてみます。好きなように演じて下さい。
ミゼット:はい!ありがとうございます!
ドリル・佐伯:(祝う、期待しながら所定位置に)
ディレクター:行きますよ!(スタートの合図)
ミゼット:(歌舞伎っぽかったり、とんでもないアドリブ)
ドリル・佐伯・ディレクター:それは・・
暗転。